木島 晃二(きじま こうじ) 1969年山形県生まれ 千葉県在住 楽器演奏家・ホーメイ歌手 民族楽器製作家 中国楽器「二胡」講師 管理栄養士 喫煙経験のある大の嫌煙家 |
人生略歴
上杉謙信を祖とする上杉家(旧米沢藩)に代々仕えた武家の旧家が父の実家(私が小さいころまでは武家屋敷であった)であり、その分家の次男として生を受ける
そのためか、ぼーっとしてるくせにプライドを傷つけられることに対してものすごくキレる子供だった。今でもその名残が・・・
高校卒業まで人と自然が共存している豊かな山形県で心も体もすくすくと成長する
武家の末裔らしく、己の為よりも人の為に生きる仕事に就くべく栄養士を目指して千葉へ
千葉県立衛生短期大学栄養学科(落合敏教授ゼミ)卒業後、経験を積む為に大学病院の特別治療食調理担当栄養士として勤務し、栄養士界のエリートコースをまっしぐらと思われたが、作業効率無視の調理現場での無理がたたり腰椎椎間板ヘルニアになり激しい腰痛と右足の麻痺に悩まされる
体のことを考えて大学病院を退職し特別養護老人ホームに勤務する
そんな中、平均合格率20パーセントあまりという難関の管理栄養士国家試験にストレートで合格(感涙)
椎間板ヘルニアのこれ以上の自然治癒が望めず根治手術の為に退職し、その後1年間療養生活
手術は成功したが術後後遺症の腰痛が癒えるまでのデスクワークとしてコンピューターの知識を生かして情報管理会社に入社
途中、結婚と育児などもあり結局ずるずると10年間勤務し、この間に知識を活かして自作の献立作成ソフトなどを製作
育児も落ち着き、初心を貫徹すべく一念発起して管理栄養士に見事復帰!(パチパチパチ)
老人保健施設にて委託会社の管理栄養士として1年勤務したところで仕事帰りに交通事故にあい退職し、1年間治療と療養しつつ音楽活動を行う
事故の後遺症が残りつつも、病院にて委託会社の責任者として勤務。しかし、営利優先の委託会社での業務に限界を感じ半年で退職
現在は病院の職員として主任管理栄養士として勤務し、今までの経験と能力を活かして数々の改革を成し遂げる
業務をPCによって効率化し、全ての管理栄養士が真の栄養管理を行う為に管理栄養士業務のIT化推進室主宰
サイドビジネスとして二胡教室を主宰。トゥバの伝統音楽「ホーメイ」の演奏活動を行う。
椎間板ヘルニアで倒れたときに、霊感の強いパートのおばちゃんから「これには霊視してて気を失うほどの先祖に絡むものすごいパワー(まぁ仕事柄、何人も切り殺してるんだろうし・・・)が関係してる、でも中年以降の運気は良い」といわれて、当たってると思う今日この頃。肩、目、腰、首、と体のあちこちが壊れていく中、今現在人の為にやりがいのある仕事や、魂を救う音楽に恵まれ、全て宿命として受け入れてます。
音楽歴
11歳・・・兄の影響でキーボード(YMOとかね)を弾き始める
14歳・・・フォークギターを手にし、オフコースや一連のフォークソングを人前でも弾き語る。自我に目覚めた頃。
15歳・・・エレキギターを手にし、無謀にもその年の文化祭に高中正義のコピーバンドでギターを弾きまくり、教師や同級生の度胆を抜く。
高校時代・・・ハードロックバンドでヴォーカルとエレキギターを担当。ベースやドラムにも手を出す。
学生時代・・・軽音サークルで様々なロックスタイルの音楽を演奏し、多くのステージ経験や音響の知識を得る。
社会人となり、バンド活動と平行して独習でヴァイオリンを習得(後に数度の個人レッスンを受ける)。
1993年頃にコンピューターを利用し、いわゆるDTMを始める。現在もコンピューターを使ってレコーディングを行う。
1997年頃から急激に民族音楽に傾倒し、琉球三線に始まり、二胡、馬頭琴、津軽三味線などを演奏。
現在は馬頭琴(モリンホール)と喉歌に執心中で、演奏活動を行いながら、多様な音楽経験を活かしてセッションを楽しむ日々。
音楽を通じたボランティア活動も行っている。
所有楽器・・・様々なギター、ベースギター、鍵盤楽器、ヴァイオリン、チェロ、琉球三線、津軽三味線、琵琶、ニ胡(中国胡弓)、楊琴、内モンゴル馬頭琴、モリンホール(モンゴル国馬頭琴)、シタール、エスラジ、口琴(ムックリ、ホムス)、ディジュリドゥ、ケーナ、サンポーニャ、テルミン
その他自作の楽器・・・馬頭琴、イギル、ドシプルール、テルミン(笑)、ムックリ、ブザーンチュ、ホムス
民族音楽的年表
1999.10 二胡の曲を探しているうちに偶然耳にした馬頭琴の音に感銘を受け、馬頭琴を自作し弾き始める。ほぼ同時期に喉歌を始める
2000.4 モンゴルのホーミーとは違うトゥバのホ−メイの存在を知り、トゥバの楽器を作りホ−メイの練習を始める
2000.6 マザー牧場にてモンゴル楽団の生演奏を初めて聞き、益々のめり込む(こうなると手がつけられない)。
2000.8
初めてトゥバの楽団(トゥバクズィ)の生演奏を聞く
名古屋のこういちろう氏と出会い、カルグラを伝授される
2000.9 さばく屋の西村氏より内蒙古式馬頭琴を購入
ウード奏者の佐藤氏宅でのミーティングで、Keisuke氏と運命の出会いを果たす
2000.11 プロのホ−メイ歌手等々力氏と会い、楽器演奏や歌唱法についてアドバイスを頂くようになる
2000.12
愛知のイベントにて馬頭琴奏者のリ・ポー氏とモリンホール&ホーミーの岡林氏に会う
ホ−メイサイエンスのワークショップにてトゥバの演奏家にホ−メイの指導を受ける(この様子はBSにて放送された)
このころから本当の意味でスイッチが入り、以降ターボ全開。
2001.3 関東馬頭琴合奏団発足。練習会場にチ・ボラク氏が来訪し演奏を披露される
2001.6
モンゴル国のモリンホール演奏家アマルトヴシンと会う。氏よりモリンホールを購入。
ホ−メイユニットTeve-Khayaとして初のライブを都内イベントにて行う。
2001.8 福祉施設「太陽」の夏祭りにてモリンホールとホーミーを演奏。
2001.9
第一回日本ホ−メイフェスティバルのコンテスト部門に参加。喉歌界にその存在を知らしめる。
ホ−メイワークショップに二度目の参加。
2001.11
亜細亜大学学園祭シルクロードモンゴル研究会のブースにてモリンホールとホーミーを演奏。
SPICE OF LIFE主催のライブにて、UooMooやモンゴルのモリンホール演奏家アリュンボルトとセッション。
2002.03 UooMooとのジョイントライブを「ちめんかのや」にて行う。
2002.04 光ケ丘公園で行われたハワリンバヤルでホーミーとモリンホールを披露。
以降様々な演奏活動を行う。詳細は割愛します。
2003.06 トゥバ共和国クズルで行われた第4回国際ホーメイフェスティバルに参加。
ホーメイコンテストでは観客の大喝采を得て特別賞(最も観客の共感を得た賞)を受賞。
2003.10
船橋市の「国際交流のつどい」にてホーミーとモリンホールを演奏。
福祉施設「太陽」のイブニングパーティーにてホーミーやホーメイの演奏。
2003.11 聖心女子大学で行われたホーメイフェスティバルJAPANにて、モングン・オール・オンダール賞を受賞。
東京新聞(中日新聞)サンデー版の「サンデークラフト」に民族楽器製作とホーメイの記事が掲載される。
2003.12 ラジオ「FMえどがわ」に生出演し、モリンホールとホーミーを生演奏。BuonaVistaで久々のソロライブ。
2004.2 UooMooのNewアルバム「PooDonBoo」の一曲にホーメイ・スグットとイギルで参加。全国のCDショップで発売される。レコ発ライブにゲスト参加。
ユーラシア旅行社主催のイベントにてカザフ音楽演奏家のアイティムラティ氏とのジョイントライブを二日間にわたり行う。
2004.4 NHKの一般公募の番組にパフォーマーとして出演しホーミーを演奏。最高得点を得る。
2004.12 交通事故にあい首のヘルニアが発症。左手に軽い麻痺が残り、仕事も演奏活動も休止
2005.5 BuonaVistaが出展したイベントにて、佐原市での初ライブ。
2005.8 地元山形でのライブ(20年ぶり・・・)をUooMooのツアーの一環として二日間にわたり行う。
2005.10 CAMPSにてUooMooにゲスト参加。
2005.12 以降、管理栄養士の仕事に専念するため演奏活動を一時休止 2007より再開予定です。
2007.9 活動再開第一弾となるUooMooとのジョイントライブを東京のペチコートレーンで行う